食器

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「自分が非凡であると意識することこそ、平凡な人間のすることではないか。」



普通とは何かと問われたら、それまでだけど、普通が安定しないなら普通じゃないってのも安定しないはずですよね。

私は自分を非凡と思うか平凡と思うか。
非凡と思うことこそ確かに平凡だとかなり思うけど、じゃあ私は平凡か?
違うと思う。
平凡ってのが多数派ということならば、恋愛観とかは人並み外れている方だし、流行はやっぱり意味なく嫌うし、今こんなことを考えてるのも、もしかしたら非凡かも、と思う。
でも家に帰ってきたときにはいつも温かいものを感じたり、季節の変わり目の風を好んだり、そうやって外からのものを拒否せず素直に障害なく受け入れられる部分なんかはたくさんあるし、それは素朴で平凡なんじゃないだろうか。
だからきっとみんなもそうで、同じで、みんな同じという意味で、きっとみんな普通、そうまとまると思う。
まとめたい。
ただ自分だけが自分なのだから自分は非凡だと思うことは多くて、そんな孤独に勝てないこともしばしばあるけど、でもきっとみんな同じだろう。
みんな自分だけが自分なのだ。

普通も変態もどっちでもいい。
でも個人的には自分を普通と思っていて、私から見ても私と好みや性(性別ではなくキャラクターや方向など)が同じであるという意味で普通な人が私は好きだ。
考えるほど面倒くさいな。


さて、今日はグラタン作りますよ。




他人のことはわからない。
だけど無責任であるくらいが丁度いい。
いいよなあいつは、なんて、軽く思っていられるくらいが、丁度いいと思う。
それはあかん!って決めつけるより、何も聞かず何も知らず、どこにも踏み込まず、いいよなあいつはって、軽くみている方がいい。
無責任なくらいが丁度いい。
と思った。

対人に必要なのは距離感である。
私なんかはいつもいつも同じ人と一緒に居ると飽きて嫌いになるので、必ず距離を要するのだ。
それを上手く使えなかったりしたら、自分が他人に疲れていることにも気付けずに、気を使うことがどんどん加速してしまう。
嫌いになっても嫌いとは言えず、情だけで離れられなくなってしまう。
そんな状態は好まない。
付き合う人間は選ぶべきだと思う。
面倒になり始めたら必ず距離を置かなくちゃ、しんどい。
自分がしんどいのは嫌じゃないですか。
別に喧嘩して絶交になっても、問題ないと思うし。
いろんな人がいるんでしょ、いいも悪いもないじゃん。

どこのどんな誰でも人の子であり人間なのだ。
この人でなきゃダメ!なんてたった一人の他人を信じられるのは、不思議なことだ。
特別なのは家族だけだ。
本当の意味で寄り添っているのは、家族だと私は思う。
伝わらない人には伝わらないと思うけど、友達も恋人も結婚相手も、そういう意味でなら誰でもいい。
みんな人間なのだ。
わたしは人間がすきだ。
選ぶけど、誰かひとりを強く強く信じて付き合うことはないだろう。
今までもこれからもそうだし、それが私の正解なのだ。

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